逃れの地 ホナウナウの秘密 (ハワイ島 プウホヌア・オ・ホナウナウ国立歴史公園)

2015年10月29日

テーマ:ハワイの文化・歴史

ハワイを含むポリネシアには、様々な禁忌(タブー)がありました。
これらの禁忌はカプと呼ばれ、食事、漁業や農業など多岐に渡り、
破った者は罰せられ、死罪となることもあったようです。

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カプを破った者などが罪の許しを請うために訪れる地、
それがプウホヌア
です。プウホヌアは逃れの地、
聖域、保護の地という意味だそうです。

 

かつてプウホヌアはハワイ全域にありました。
ワイルア(カウアイ)、クアロアやライエ(オアフ)、
カヴェラ(モロカイ)、オロワル(マウイ)、
ワイピオやヒロ(ハワイ)などにもプウホヌアが
あったと考えられています。

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ワイピオ(ハワイ島)

 

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ライエ(オアフ島)

 

その中で最も規模が大きく、
最もプウホヌアであり続けた期間が長く、
最も重要なプウホヌアだったのが、
プウホヌア・オ・ホナウナウ(以下:ホナウナウ)です。

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ホナウナウは、ハワイ島のコナ国際空港から南へ車で約50分。
現在は国立歴史公園として、多くの人々が訪れる地となっています。

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カイルア・コナとプウホナウ・オ・ホナウナウ国立歴史公園

 

カメハメハ大王によってハワイ諸島が統一されると、
プウホヌアの多くは解体されました。
そして、カメハメハ二世によって1819年に
カプが廃止されると、ヘイアウや偶像(Ki’i)等が破壊されました。
しかし、カメハメハ三世の治世になっても、
1829年頃までホナウナウが解体されることはありませんでした。
一体なぜだったのでしょう?

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カメハメハ大王

 

プウホヌア・オ・ホナウナウ国立歴史公園では
復元された家屋や偶像、そして様々な史跡を見ることができます。

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プウホヌア・オ・ホナウナウ国立歴史公園の衛星写真(グーグル・マップ)

 

ハレ・オ・ケアヴェの半分の大きさで復元された建築物。
素材としてオヒアの木材、ココナッツの繊維、
ティーリーフの屋根葺きが用いられています。

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コナネと呼ばれるハワイアンのゲーム。
プウコホラ国立歴史公園にもありました。

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ケオネエレと呼ばれる小さな湾。
カヌーの上陸場所で、王族のみ使用が許されていました。

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ケオネエレの奥に見える建築物はハレ・オ・ケアヴェです。

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ハレ・オ・ケアヴェの周囲には様々な偶像が立ち並んでいます。

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インターネット上やガイドブックにも良く登場する偶像。

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ホナウナウ湾を見つめる偶像。

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海側を見守る偶像。

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グレートウォールに囲まれたホナウナウに入るためには、
泳いで海から上陸する必要がありました。

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プウホヌア近辺は透き通るような海の美しさでも有名です。

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海岸にはアオウミガメの姿も。
ケオネエレにも上陸することもあるとか。
運が良ければホナウナウでウミガメを見ることもできます。

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アーレアレア・ヘイアウ。1425年頃に建築され、
その後6度にわたって改修されたようです。
一説によれば、最終的には王族がフラを見るなど
レジャーの場として用いられていたとも。

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ケオーウアが休んでいたと伝えられるケオーウア・ストーン。
ケオーウアについては、
プウコホラ・ヘイアウ国立歴史公園についての
ブログ
でも軽く触れています。

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プウホヌアで最も古い建築物の一つ、
名前すら失われてしまったヘイアウです。
長い年月を経て石垣も崩壊し、石が散在するだけの姿となっています。

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カメハメハ大王の妻の一人カアフマヌが、
カメハメハ大王に見つからないように
身を隠したと伝えられるカアフマヌ・ストーン。

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ホナウナウと外界を隔てていたグレートウォール。
長さ約218 m、高さ約3m、幅約5mもの大きさを誇ります。

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ありし日のハレ・オ・ケアヴェ
19世紀前半に描かれたハレ・オ・ケアヴェの
イラストが残されています。様々な形をした偶像が
ハレ・オ・ケアヴェを取り囲む様子が良く分かります。

25_要PD-icon
1825年「Hawaii State Archives, Photograph Collection , PP-35-7-030」

 

1920年代に撮影された写真。
この頃は石垣だけが残されている状態でした。
人物が二人立っているところが
ハレ・オ・ケアヴェのあった場所でしょうか。

26_要PD-icon
「Hawaii State Archives, Photograph Collection , PP-29-8-010」

 

そしてハレ・オ・ケアヴェと偶像が復元されたのが、
現在私達が目にする姿です。

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ハレ・オ・ケアヴェの内部

立入りはカプによって禁止されていました。
しかしカプが廃止されると、
内部の様子が明らかとなります。

 

1823年のReverend William Ellis、1825の
Andres Bloxam
などの記載によれば、
木製の偶像、赤い羽根で覆われた偶像、
よりひもで束ねられた人骨、
タパに包まれた人骨、器、釣り針、槍、カヌーの模型、
パフ(ハワイのドラム)
などがあったようです。

 

何故か中国のマスク(Chinese Mask)があったとの記載がありました。

 

このうち木製の偶像の一つが、
現在ビショップ博物館のハワイアンホールに展示されています。

28_要PD-icon
「Hawaii State Archives, Photograph Collection , PP-43-11-018」

 

ハレ・オ・ケアヴェに安置されていた人骨は、
カメハメハ大王の曾祖父ケアヴェ、
叔父カラニオプウをはじめとする複数の祖先 、
兄弟や息子など23 人の王族のものと言われています。

 

ホナウナウが最も長きにわたって
プウホヌアであり続けた秘密。
カプ制度廃止後もしばらく解体されなかった秘密。

 

それは、カメハメハ大王に連なる王族の魂/強大なマナが
ホナウナウを守っている
、と考えられていたからのようです。

 

JTBハワイ チキラ
(ビショップ・ミュージアム日本語ドーセント)

 

参考サイト:
http://www.nps.gov/parkhistory/online_books/kona/history9b.htm

 

参考書籍:
John F. G. Stokes(1930), Burial of King Keawe
Van James(2014), Ancient sites of Hawai’i Revised Edition

 


★今回ご紹介した情報は予告なく変更される場合があります★
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