ハワイと日本の繋がりを学べるJCCH(ハワイ日本文化センター)へ

2016年11月17日

テーマ:ハワイの情報いろいろ

本日訪れたのは、

JCCH(ハワイ日本文化センター)教育センター

ワイキキ中心部から車で15分ほどの場所に位置しています。

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そこに新しく加わった

「ホノウリウリ国定史跡」の展示内容や配布資料の邦訳に

JTBの寄付金が使用されたため、

今回視察の機会をいただきました

みなさんは「ホノウリウリ国定史跡」を知っていますでしょうか

私は今回の視察で初めて知りました。

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ここで少しホノウリウリ解説をします

ホノウリウリはオアフ島にあった

太平洋戦争開戦後に開設された

日系人・敵国人の収容所を指します。

 

真珠湾攻撃をきっかけに1941年12月7日から

1944年10月24日まで戒厳令が布かれると、

約2269人の一世および二世の日系人が取り調べを受け、

拘束され収容所に送られました。

僧侶や日本語学校の職員、新聞記者など地域のリーダー的存在だった彼らは、

日本への忠誠心が高く破壊工作を行う可能性があるとみなされたのです。

 

1943年3月1日、オアフ島の中央部、

160エーカーの荒れ地に開設された

ホノウリウリはハワイで最大の捕虜収容所で、

日系アメリカ人、ドイツ、イタリア系アメリカ人と

数千人の戦争捕虜たちが収容されていました。
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語り継がれることなく忘れ去られていたホノウリウリですが、

2002年に収容所があった場所が発見され、

ついに2015年2月24日、国立史跡に認定されました。

 

まずはビデオで「ホノウリウリ国定史跡」をお勉強。
展示物ブースに行く前にまずはビデオを見ることがおすすめ。
歴史が苦手な私も、ビデオを見ることで知識を深めることができました。
日本語の字幕が出るので、英語が分からなくても大丈夫ですよ
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そして展示ブースへ
当時収容されていた方々がホノウリウリで

過ごしていた様子が分かる貴重な展示物が並びます。

暑さや蚊の大群が人々をおそう「地獄谷」とも呼ばれるホノウリウリ。

なぜ収容されているのか、いつまでこの状況が続くのか、

分からぬまま過ごしていたと思うと心が痛みます
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限られた家族との面会時間の時に、

奥さんやお子さんにお土産として渡した手作りの品々。
身の回りのあるものだけで作られました。

収容されている人々はもちろん、

帰りを待つ残されたご家族にとっても

耐え難いできごとだったのでしょう。
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こちらは、囲碁。

つらい時でも工夫してなんとか乗り越えようとする

強い気持ちが伝わってきました。
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JCCH(ハワイ日本文化センター)教育センターには

もう一つ展示コーナーがあります。
その名も「Okage Sama De: I am what I am because of you」

移民として日本からハワイに住んだ

人々の暮らしぶりが分かる展示内容となっています。

昔の人が歴史を歩んできてくれたから、

今のキラキラしたハワイがある。それを気づかせてくれる1日でした。

 

書籍やインターネットでは探し出すことが困難な、

貴重で分かりやすい資料が揃っているの

でぜひ訪れてみてはいかがでしょうか

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JTBハワイ Rieko


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Comment

“ハワイと日本の繋がりを学べるJCCH(ハワイ日本文化センター)へ” への5件のフィードバック

  1. sumisumi より:

    歴史、特に日系移民に関心があって、プランテーションビレッジに2度行った
    ほどなので、ここも行ってみたいです。いつも、情報をMahalo~です。

    • JTBハワイ より:

      >sumisumiさん
      コメントありがとうございます!
      これからもオリオリブログをどうぞよろしくお願いいたします♪

  2. nao-furugen より:

    私の父もここで生活しています。
    尋問で選別を受け砂島へ移送されました。
    1月後、フィラリア菌保有者1500人は、ここから又沖縄屋嘉へ送り返されています。
    これらの収容所で亡くなった捕虜もいました。お骨は沖縄に戻っていません。
    今、この方々の慰霊祭を行う計画があります。
    schofieldにお墓がつくられましたが、それがどうなったのか当時を知っている方はいませんか?

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